F1のデジタル成長、日本で浮かび上がる独自の構造
F1の世界的な人気拡大は広く知られているが、日本における成長のかたちは、より複雑で独自の文脈を持っている。SNSを中心としたグローバルな広がりが進む一方で、日本では視聴環境やメディア構造が、サーキット上の結果と同じくらい大きな影響を与えてきた。
現在、F1は5年連続で「世界で最も成長しているスポーツリーグ」と評価されている。2025年だけでも、主要SNSプラットフォームにおける総インタラクション数は23億回を超え、NBA、UEFAチャンピオンズリーグ、NFL、プレミアリーグを上回った。公式アカウントの総フォロワー数は1億1,450万人に達し、過去1年で19%の成長を記録している。
この成長を特に牽引しているのが、ショート動画だ。2025年にはTikTokのフォロワー数が91%増加し、YouTubeとFacebookもいずれも50%を超える伸びを示した。一方、Instagramは25%の成長にとどまり、X(旧Twitter)はほぼ横ばいだった。アジア地域では、微博(Weibo)、微信(WeChat)、抖音(Douyin)といったプラットフォームを通じてリーチを拡大し、合計で35%の成長を見せている。
しかし、日本においては、こうした世界的な数字だけでは実態を捉えきれない。過去10年ほど、F1の視聴環境はDAZNなどの有料プラットフォームにほぼ限定されてきた。この「ペイウォール」は国内のライト層への浸透を大きく制限し、日常的な話題としての露出を抑える要因となっていた。その結果、日本ではテレビよりもSNSが、F1への主要な入口となってきたのだ。

この構造を象徴する存在が、角田裕毅だ。日本人唯一のF1ドライバーとして活躍してきた角田だが、そのファンベースは国内よりも海外に広がっている。国際放送や英語メディア、SNSを通じて知名度を高める一方で、日本国内での露出は相対的に限られていた。結果として、角田は“国内で広く知られる前に、世界的なF1ドライバーとなった”存在だと言える。
今後、この状況には一定の変化が訪れる可能性がある。F1はフジテレビでの地上波放送復活を予定しており、日本でも再び無料放送が行われる。ただし、その短期的な影響は限定的と見られている。地上波で放送されるのは5レースのみであり、角田自身も現在はリザーブドライバーという立場にあるため、グリッドでの定期的な露出は減少するからだ。
こうした背景から、日本におけるF1のファンエンゲージメントは独特の性格を帯びている。議論やキャラクター性を前面に押し出した消費よりも、レースハイライトや舞台裏映像、要点を簡潔にまとめたクリップといった“整理された瞬間”が好まれる傾向が強い。これは世界的な潮流とも一致しており、2025年に最も視聴されたコンテンツはグランプリのハイライトだった。公式レース要約のYouTube再生数は、前年から33%増加している。
シーズン最終戦のアブダビGPは、年間で最も高いエンゲージメントを記録したイベントとなった。日本でも、こうした大きな瞬間はまずデジタルで消費され、その後にテレビや記事で補完されるという流れが一般的になりつつある。
総じて見ると、F1のSNS成長は、日本におけるスポーツの存在の仕方が静かに変化していることを示している。制約となってきたのは関心そのものではなく、アクセスだった。放送環境の変化とデジタル主導の視聴が進む中で、日本国内と国際的なF1ファン層のギャップは、今後徐々に縮まっていく可能性がある。ただ、現時点で日本のファンにとってF1との最も強い接点は、依然としてオンライン上にあり、短く切り取られたグローバルな視点を通じて形作られている。
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