角田裕毅 最新情報・2027年シート動向
角田裕毅は2026年シーズン、レッドブル・レーシングおよびレーシングブルズのテスト兼リザーブドライバーとして活動している。2025年12月にフルタイムシートを失ったが、レッドブルファミリーからは離れておらず、開発プログラムの中枢に近い立場を維持している。焦点は2027年シーズンのシートに移っており、複数チームで空席が生じる可能性がある中、角田は依然として有力な復帰候補であり続けている。夏休み明けのオランダGPでは負傷したアイザック・ハジャーの影響でレーシングブルズから出走し11位でレースを終えた。(最終更新:2026年【要更新】月【要更新】日)
2027年シートをめぐる現在の状況
2026年シーズンが進む中、2027年のドライバー市場で角田の名前が繰り返し挙がっている。現在、有力なシート候補に上がっているのはウィリアムズ、キャデラック、そしてハースだ。ドライバー市場は不確定要素を多く残したままシーズン後半を迎えようとしている。
大きな動きはないものの、現時点でのF1公式が発表している未確定シートは14席だ。そんな中、角田もF1のレギュラーシートへの復活に向けて動いている。我々が行った独占インタビューでは「チャンスが来た時には最高のパフォーマンスを発揮できるよう、いつでも準備をしている」とも語っている。
レッドブル側の姿勢も鍵を握る。ローラン・メキース代表は角田に第2章のチャンスがあるべきだと明言しており、ヘルムート・マルコ氏もリザーブとしてファミリーに残す判断の背景を語っている。
2026年から導入された新レギュレーションは、チーム間の勢力図を大きく塗り替えている。開発の方向性が定まらないチームほどドライバー選択に慎重になる一方、角田のようにレッドブルとホンダ双方の開発現場を知るドライバーの価値は相対的に高まる。
そんな中、シーズン中盤のオランダGPではレーシングブルズから出走し、11位でレースを終えている。2026年マシーンで実際にレース経験のあるテスト兼リザーブという立場は、表舞台から一歩引いた位置ではあるが、2027年の交渉においては決して不利な材料ではない。
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2026年シーズンの動き
- 2025年12月2日 — レッドブル、角田の2026年フルタイムシート喪失を正式発表。テスト兼リザーブとして残留
- 2026年4月6日ー トルコGPの復活を祝したデモランで走行
- 2026年7月10日ー グッドウッド・フェスティバル・オブ・スピード(FoS)で「RB17」をデモラン
- 2026年8月21-23日 アイザック・ハジャーの負傷でレッドブルレーシングから出走
角田裕毅プロフィール

| 名前 | 角田 裕毅(ツノダユウキ) |
| 国籍 | 日本 |
| 出身地 | 神奈川県相模原市 |
| 生年月日 | 2000年5月11日 |
| 身長 | 161cm |
| 体重 | 53kg |
| F1デビュー | 2021年 アルファタウリ |
| 2026年の役割 | レッドブル・レーシング/レーシングブルズ テスト兼リザーブドライバー |
| F1出走数 | |
| 獲得ポイント | |
| 最高位 | 4位(2021年アブダビGP) |
角田裕毅は日本人として史上最年少でF1に昇格したレーシングドライバーである。幼少期からカートレースで頭角を現し、アグレッシブなドライビングスタイルと大胆なオーバーテイクが高く評価されてきた。父の影響でフェルナンド・アロンソを研究対象とし、その独特なレーシングラインが現在のスタイルを形づくる重要な要素となっている。
コース外では謙虚で親しみやすい性格として知られ、チームやライバルへの敬意を忘れない姿勢に定評がある。美食家としても有名で、F1キャリアの後には自分のレストランを開きたいという夢を公言している。
2026年2月には自伝的書籍『YUKI』が発売され、AmazonおよびRakutenの両方でランキング1位を記録した。F1で戦う日本人ドライバーの内面に踏み込んだ一冊となっている。

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角田裕毅|最新ニュース
キャリアの歩み
角田のキャリアは、カートからF1に至るまで一貫して急速な成長を遂げてきた。父でありアマチュアレーサーでもある角田裕一氏の影響を受けながら、自然とモータースポーツの世界へ引き込まれていった。どのカテゴリーでも際立つスピードと適応力を示し、短期間でトップ争いへと駆け上がっている。
カートからF4へ(2010〜2018年)
本格的なキャリアの幕開けは2010年のJAFジュニアカート選手権だった。小柄な体からは想像できないスピードと勝負勘で早々に頭角を現し、2013年に地域クラス、2014年にナショナルクラスへとステップアップしている。
転機は2016年。ホンダ鈴鹿サーキットレーシングスクールのアドバンスドフォーミュラクラスを修了し、F4日本選手権にスポット参戦すると、鈴鹿での初レースでいきなり2位表彰台を獲得した。翌2017年には名門育成プログラムのホンダ・フォーミュラ・ドリーム・プロジェクトに加入。同年のFIA-F4日本選手権では岡山で初優勝を飾り、JAF-F4東日本シリーズではタイトルを獲得した。2018年には7勝を挙げてFIA-F4日本選手権のシリーズチャンピオンに輝いている。
ヨーロッパ挑戦(2019〜2020年)
ホンダがF1でレッドブルと提携する中、角田もレッドブル・ジュニアチームに加わり、2019年からFIA-F3選手権にイェンツァー・モータースポーツから参戦した。バルセロナの開幕戦で早速ポイントを獲得し、スパ・フランコルシャンで初表彰台、モンツァで初勝利を挙げてランキング9位でシーズンを終えている。並行して参戦したユーロフォーミュラ・オープンではホッケンハイムで優勝し、シリーズ4位となった。
2020年はカーリンからFIA-F2選手権に参戦。第2戦で初のポールポジションを獲得し、シルバーストンでは圧倒的な勝利を挙げた。複数の表彰台を重ねてランキング3位となり、世界で最も有望な若手ドライバーの一人であることを強く印象づけた。同年にはリアム・ローソンとともにトヨタ・レーシング・シリーズにも参戦し、シリーズ4位を獲得している。
2021年 アルファタウリでのデビューシーズン

ダニール・クビアトの後任としてF1デビューを果たすと、開幕戦バーレーンGPの最終ラップでランス・ストロールをオーバーテイクして9位入賞。初レースでのポイント獲得という鮮烈なスタートとなった。シーズン中盤以降はクラッシュや予選ミスが重なり経験不足も露呈したが、最終戦アブダビGPでは自身最高位となる4位入賞を達成。32ポイントを獲得しランキング14位でシーズンを終えた。
2022年 新規則初年度の苦戦
大幅な空力レギュレーション変更にチームが苦戦し、角田も新しいマシンの特性に対応しきれない場面が続いた。開幕戦バーレーンで8位入賞と好スタートを切ったものの、その後はペース不足とセットアップの難しさに悩まされる。イモラで7位入賞と流れが上向く瞬間もあったが、マシンの不安定さと競争力不足が最後まで足かせとなった。12ポイント、ランキング17位。数字は厳しかったが、困難な環境で粘り強く走り続けた経験は翌年以降の糧となった。
2023年 成長と躍進

F1キャリアで最も充実したシーズンのひとつとなった。オーストラリアGPで今季初ポイントを獲得すると、アゼルバイジャン、ベルギーと着実に加点。終盤にはアメリカGPとアブダビGPで8位入賞を果たし、シーズンベストの成績を記録した。
この年はチームメイトの交代が相次いだシーズンでもある。ニック・デ・フリース、ダニエル・リカルド、リアム・ローソンと三人の異なるチームメイトと戦い、いずれに対しても上回る成績を残した。中でもローソンはシンガポールGPでデビュー3戦目にして初ポイントを獲得し、国際メディアでは2024年の起用を求める声さえ上がった。
しかし瞬間的な結果だけで比較を判断するのは短絡的だ。ローソン加入以前から角田は約3シーズンにわたって経験を積み、日々の開発作業やシーズン全体の安定した働きで貢献してきた。ヘルムート・マルコ、ピーター・バイエル、フランツ・トストらはこの背景を正確に理解しており、2024年のシートが角田に与えられたのは経験と継続的な成長、そしてチームへの貢献が評価された結果だった。
2024年 レーシングブルズでの新体制
チーム名をVISA Cash App RBに改めた新体制のもと、レッドブル本家との連携も強化されてシーズンに臨んだ。長年支えとなってきたフランツ・トスト代表の勇退という大きな変化もあった。オーストラリアGPで7位入賞、母国の日本GPでは10位入賞を果たし、ホームでのポイント獲得はファンにとって印象深い走りとなった。その後もマイアミ、エミリア・ロマーニャ、モナコと着実に加点する一方、リタイアやQ1敗退もあり安定してトップ10を維持する課題は残った。ただしレース運びの冷静さとチームとの連携は明らかに向上し、精神面での成熟が際立つシーズンとなった。
2025年 レッドブル昇格と試練

シーズン開幕前から大きな波に飲まれた年だった。レッドブルはセルジオ・ペレスの後任にリアム・ローソンを起用したが、その体制はわずか3戦で崩壊。ローソンがレーシングブルズへ移り、角田が第3戦日本GPからレッドブルのセカンドドライバーへ電撃昇格した。
だが昇格の裏で待っていたのはRB21の扱いづらさだった。チームも認める極端に狭いウィンドウがマシンの不安定さを生み、エミリア・ロマーニャGPでは予選で大クラッシュ、続くスペインGPでは最下位スタート。7戦連続ノーポイントという厳しい時期が続いた。
転機はクリスチャン・ホーナー代表の解任だった。後任にローラン・メキースが就任するとチームの雰囲気は一変し、競争力がないと評されていたRB21が本来のパフォーマンスを発揮し始める。その改善の中心には角田の走行データがあり、課題とされていたロングランのペースも劇的に向上した。アゼルバイジャンGPで7位、アメリカGPではスプリントと決勝の双方で7位フィニッシュ。多重クラッシュが続発するレースでも冷静に状況を判断し、着実にポイントを積み上げた。
精神面の成長も顕著だった。感情的な無線や他責の姿勢は影を潜め、チームの利益を最優先にする発言が増えた。イモラ以降はクラッシュが一度もなく、安定感という新たな武器を身につけている。一方でピットストップや戦略のミスが重なり、結果が数字に結びつかないレースも多かった。かつてレッドブルのセカンドを務めたペレスがこの役割の難しさを語っているように、極めて厳しい環境の中で角田は奮闘していた。2025年の走りは結果だけでは語れない。
2026年 リザーブという再配置

2025年12月2日、レッドブルは角田が2026年のレースシートに就かないことを正式に発表した。ルーキーのアイザック・ハジャーがフェルスタッペンのチームメイトとして昇格し、ジュニアドライバーのアービッド・リンドブラッドがレーシングブルズへ。この人事再編の結果、角田はフルタイムシートを失った。
ただしレッドブルは角田の価値を否定したわけではない。公式発表では勤勉さと貢献を評価し、リザーブ兼開発ドライバーとしてプログラムに残留することを明言している。角田自身も発表後にまだ終わっていないと公にコメントし、グリッド復帰へ向けて戦い続ける意思を示した。
この役割はレッドブルとホンダの関係を軸に展開されるTPCプログラムにおいて重要な意味を持つ。角田はミルトンキーンズの拠点と日本のパワーユニット開発プログラムを結ぶ、文化と言語と技術の架け橋として代えがたい価値を有している。ホンダのパワーユニット開発の現況についてはホンダF1・アストンマーティン PU最新情報で追っている。
またF1デビューを果たすリンドブラッドは可能な限り多くの走行経験を必要としており、ホンダ製パワーユニットの特性やドライバビリティ、レッドブルとレーシングブルズ双方で得た知見を共有できる角田の存在は不可欠だ。
リザーブに回ることは単なる後退ではなく、戦略的な再配置と見るべきだろう。舞台裏での貢献は大きく、レッドブルとホンダがF1史上屈指の成功を収めた技術提携を再構築していく中で、その存在は重要な資産であり続けている。そして2027年に向けたドライバー市場において、開発現場の中枢を知る立場は決して不利には働かない。
角田の走りを2026年に観るには
リザーブドライバーとしての角田は、TPCテストや一部のフリー走行セッションでマシンに乗る機会がある。フリー走行を含む全セッションを視聴するには、FODまたはフジテレビNEXT系のサービスへの加入が必要だ。なお2026年シーズンからDAZNでのF1配信は終了している。
各サービスの料金、日本語実況の有無、視聴できるセッションの範囲はF1中継の視聴方法 2026年完全ガイドで比較している。次戦のセッション時刻はF1 2026年カレンダー・全24戦日程(日本時間)に掲載している。
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