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ホンダ、F1で約30億円の追加開発予算を獲得―メルセデス、フェラーリ、アウディも合意した“異例の支援措置”の真意

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Honda aston martin ホンダ、約30億円の追加開発予算を獲得―競合合意の真意

FIA(国際自動車連盟)は、2026年シーズンを苦しい立ち上がりで迎えたホンダに対し、最大約1,900万ドル(約30億円)の追加開発予算と、年間230時間の追加ダイノ稼働時間を認める異例の規制調整に正式合意した。

注目すべきは、この合意にメルセデス、フェラーリ、アウディ、レッドブル・パワートレインズという競合する全パワーユニットメーカーが賛同した点である。表向きの議題はエンジン性能の格差是正だが、パドック内で静かに語られている本当の論点は別にある。ホンダが再びF1撤退を選択する可能性を、ライバル各社が現実的なリスクとして捉え始めているということだ。

honda aston martin miami gp 2026
アストンマーティン×ホンダ、2026年マイアミGPにて

この話を本格的に始める前に、まずホンダ本体が現在置かれている状況を整理しておく必要がある。日本の読者の多くはすでに背景をご存知だろうが、今回のFIAによる規制調整を理解するうえで欠かせない前提となる。

ホンダは2025年度、約70年振りとなる通期赤字を計上した。EV事業戦略の見直しに伴う約157億ドル規模の減損処理が業績を大きく圧迫し、中国市場では現地メーカーとの競争激化によって基幹市場でのシェア低下も進んでいる。さらに、中東情勢の緊張による原油価格の不安定化が、自動車産業全体のコスト構造に重くのしかかっている。

こうした環境下で、F1プログラムは社内的にどう位置づけられているのか。経営が悪化している局面で企業が最初に再評価するのは、規模の小さい裁量予算項目である。F1の年間支出は、ホンダ全体の経営規模から見れば決して大きな割合ではない。だからこそ、撤退判断そのものは経営的には比較的下しやすい部類に入る。

これこそが、今回FIAと他メーカーによる支援措置が成立した背景である。

ADUOとは何か―規則が認める“追い上げ制度”

ホンダ RA626H engine
ホンダ RA626H

2026年のパワーユニット規則には、当初から“追い上げ制度”が組み込まれていた。

コストキャップ、ベンチテスト稼働時間の制限、内燃機関の開発凍結期間が設けられている以上、性能面で出遅れたメーカーが無制限の資金投入で巻き返すことはできない。そこで、規則書には“追加開発・アップグレード機会”、いわゆる「ADUO」と呼ばれる仕組みが盛り込まれた。

制度は段階的に設計されている。ベンチマークとなるエンジンから2%以上遅れていると判定されたメーカーには、当該シーズン中に1回、翌シーズンに1回の追加アップグレード機会が与えられる。4%以上遅れていれば、各シーズン2回となる。

ただし、本当に重要なのは“アップグレードを投入する権利”そのものではない。“アップグレードを開発する権利”、つまり追加のダイノ稼働時間と追加コストキャップ枠が与えられる点にある。

当初の規定では、2〜4%遅れているメーカーに70時間の追加ベンチテスト時間が認められ、8%以上の遅れに対しては最大190時間が上限とされていた。財政面では、8%以上の遅れに対し最大800万ドルの追加開発予算が認められていた。これが、ホンダが向き合っていた従来の規則枠組みである。

今回、何が変わったのか

fernando alonso aston martin miami gp 2026 アストンマーティンのフェルナンド・アロンソ、2026年マイアミGPにて

変更点は3つある。

第一に、ダイノ稼働時間の上限引き上げである。ベンチマークから10%以上遅れていると判定されたメーカーに対し、パワーユニット、パワートレイン、フルカーの各ダイナモで7,500RPM以上の追加230時間稼働が認められる。ホンダはこのカテゴリーに入る可能性が高く、従来上限から40時間の上積みとなる。

第二に、コストキャップ上限の引き上げである。従来は8%以上の遅れに対して最大800万ドルだったが、10%以上遅れている場合には1,100万ドルまで増額された。

第三に、全く新しい仕組みが追加された。これが最も興味深い部分である。

公式には「パフォーマンスに基づくコスト緩和」と表現されているが、実態としては融資制度に近い。性能不足のメーカーは、最大800万ドルの追加開発予算を前倒しで使用することができる。当該シーズンと翌シーズンの間での配分は自由だが、この資金は使用後3シーズンにわたって全額返済する必要がある。各年の返済割合は総額の20〜50%と定められており、1年で全額返済することも、極端に返済を先送りすることもできない。

撤退リスクを抱えるメーカーに対する“緊急支援”を規則の枠内で組み立てるなら、まさにこういう形になるという構造である。今使う。返済は後で考える――そんな性格を持つ仕組みだ。

1,100万ドルの追加開発予算と、800万ドルの前倒し措置を合算すると、ホンダが2026年プログラムに投入できる追加予算は最大1,900万ドル、円換算で約30億円規模に達する。

ただし、これはFIAがカナダGP後の最初の判定で、ホンダのエンジンを「10%以上の遅れ」と正式認定した場合に限られる。

ライバル各社が合意した本当の理由

toto wolff mercedes bahrain 【マイアミGP】ヴォルフ代表、レース批判に反論
トト・ヴォルフ代表

ここが、今回の件でもっとも重要な論点である。

メルセデス、フェラーリ、アウディ、レッドブル・パワートレインズは、2026年規則に向けて5年以上の準備期間を費やしてきた。その成果として得られるはずだった優位性こそが、まさに今ホンダが苦しんでいる“差”そのものである。

最も遅いエンジンの追い上げを支援することは、一見すると競争上の合理性を欠く判断にも映る。しかし、そこには3つの構造的理由が存在するのだ。

1つは、グリッドの安定性である。

2026年F1のコンセプトは、新パワーユニット規則によって自動車メーカーを呼び込み、長期的に留めることを前提に成り立っている。アウディの参入、レッドブルと組むフォードの復帰、キャデラックとして参戦するGMのエントリー――リバティメディアが株主や放映パートナーに提示しているストーリーは、“大手メーカーがF1へ戻ってくる時代”であるという一点に集約される。その中で、ホンダが新規則初年度に撤退するという事態は、この物語全体を根底から崩壊させる。

さらに、ホンダ固有の問題もある。ホンダはアウディと並び、内燃機関と電動出力を50対50とする新規則を強く推進したメーカーだった。しかしFIAは現在、2027年規則で内燃機関側へバランスを戻す方向で調整を進めている。これは、ホンダがF1復帰を決断した前提条件そのものを揺るがす動きでもある。

今回の支援措置は、性能格差是正だけでなく、“規則変更によって揺らいだホンダ側の参戦動機”に対する埋め合わせという側面も帯びているのだ。

2つ目は、“撤退の前例”という問題である。

ホンダは2008年末に一度撤退し、2021年末にも撤退を発表。その後、HRCを通じてレッドブルとの関係を継続する形で事実上復帰した経緯がある。もし15年以内に2度目の本格撤退が起きれば、「世界最大級のエンジンメーカーですらF1を長期的価値のある事業とは見なしていない」という印象が定着しかねない。それはF1全体にとって、極めて大きな商業的ダメージとなる。

そして3つ目に、規制上のレバレッジである。

特にメルセデスは、「ADUOは出遅れたメーカーを救済するためのセーフティネットであり、トップ争いをするメーカーが先頭に立つための踏み台として使われるべきではない」という懸念を示している。今回ホンダに対して大規模な支援を認めることで、上位メーカー側は将来的な規則見直しの際、「追い上げメカニズムは本来の目的通り機能した。これ以上の緩和は不要だ」と主張する材料も得ることになる。

つまり、ホンダを助けることは、ホンダを失うことよりも安価な選択だったということだ。

“格差”の公表が持つ意味

koji watanabe HRC ホンダ・レーシング(HRC)の渡辺康治社長
ホンダ・レーシング(HRC)の渡辺康治社長

戦略的背景を別にすれば、今回の措置はホンダにとって決して心地良い状況ではない。

ホンダは2023年5月、アストンマーティンとのワークス提携を発表した。当時は、ホンダのハイブリッド技術を全面投入し、アストンマーティンを優勝争いへ押し上げるという強い意思表明として受け止められていた。

しかし、新時代のわずか数戦目にして、グリッド全体から“F1に留めるべきメーカー”として扱われる状況は、その発表時のイメージとは対極にある。

さらに今回の制度は、その“性能差”を公に可視化する性格を持っている。

FIAのADUO判定――どのメーカーがどの階層の支援対象となるか――は、シーズン中の複数タイミングで実施される。バーレーンGPとサウジアラビアGPの開催キャンセルに伴い、最初の判定はカナダGP後へ延期された。以後はハンガリーGP後、メキシコGP後にも判定が行われる。そして、その結果は公表される。

つまり、FIAがホンダを「10%以上遅れている」と認定した瞬間、支援措置が発動するだけでなく、その格差自体も公式記録として残ることになる。

未解決の論点

Honda aston martin
アストンマーティン×ホンダ

もっとも、今回の支援措置は“開発機会”を与えるものであり、性能そのものを保証するものではない。1,900万ドルと230時間の追加ダイノ稼働時間は、あくまで手段である。実際の巻き返しは、HRCのさくら研究所で、他メーカーと同じコストキャップ制約の中、すでにシーズン中に固定されたエンジンアーキテクチャを土台として進めなければならない。

さらに、FIAはいまだ明確に答えていない問題を抱えている。それが、“メーカー間の性能指数をどう算出するのか”という方法論の問題である。ターボサイズ、排気経路による背圧、リアまわりの空力とエンジン特性の相互作用――これらすべてが、「ベンチマーク比◯%」という単純な数値化を難しくしている。

また、メルセデスを含む複数メーカーはこの測定方法そのものに懸念を示しており、2%という判定基準自体が、カナダGP後の最初の評価時に再調整される可能性も残されている。

したがって、1,900万ドルという数字は、あくまで最も寛大な条件が適用された場合の最大値に過ぎない。実際の追加予算規模は、最終的な測定方法論に左右される。

この支援措置が本当に示しているもの

orihara aston martin honda (左)ホンダのトラックサイド・ゼネラルマネージャー 折原伸太郎(右)アストンマーティンのチーフ・トラックサイド・オフィサー マイク・クラック

今回の規制調整そのものが、ひとつの強いシグナルである。

これほど大規模な制度変更が、これほど短期間で成立することは通常のF1運営では極めて異例だ。パワーユニットメーカー間のほぼ全会一致、FIAの承認、そしてリバティメディアの同意――それらすべてが、開幕からわずか数週間でまとまった。

この事実が示しているのは、議論の本質が単なるエンジン性能ではなかったということである。本当に問われていたのは、ホンダの“コミットメント”だったのだ。

グリッド全体は、ひとつの賭けに出た。ホンダが1,900万ドルを実際に投入し、性能差を持続可能なレベルまで縮小し、現行規則サイクル終了までF1に留まる――その可能性に賭けたのである。

そして、ホンダがこの賭けに応えるかどうかは、今後3回のFIA判定によって徐々に明らかになっていく。

視聴者にとって、それは単なるエンジンアップデートのニュースとして映るかもしれない。だが、パドックが本当に見極めようとしているのは別の点だ。

“ホンダが、この30億円を本当に使う覚悟を持っているのかどうか”である。

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