【独占インタビュー】アストンマーティンのデ・ラ・ロサ氏が語る、ホンダとの新章
グランプリ週末のラスベガスでは多くのスターがパドックを行き交うが、ペドロ・デ・ラ・ロサ氏ほど温かさと親しみを持って歩く人物はそう多くない。1999年の参戦初期からF1の世界を熟知してきた者ならではの落ち着きと自信、そしてアストンマーティンのチームアンバサダーとして仕事を心から楽しんでいることが、彼の立ち居振る舞いから伝わってくる。
「アストンマーティンでは、いつだって刺激的なマシンを運転できる。それが私を夢中にさせるんだ。他とは比べものにならない魅力がある」
ラスベガスGPの週末、デ・ラ・ロサ氏はホットラップの準備を進めている。ある日はヴァンテージ、またある日はGT4仕様のマシンでコースを走る予定だ。さらに、「数週間後にはまたF1マシンを運転するよ。シミュレーターだがね」と何気ない調子で話す。彼にとってこの役目は、見せるためのパフォーマンスではなく、心と本能が求めるごく自然な延長線にあるのだ。

計画になかったF1復帰
今でこそチームに欠かせない存在となったデ・ラ・ロサ氏だが、アストンマーティン加入以前は、F1に戻るつもりなどまったくなかったという。転機は2022年。90年代後半にリザーブドライバーとして過ごしたジョーダン・グランプリの工場跡を訪れた時のことだ。
「感情が込み上げてきた」と、デ・ラ・ロサ氏は語る。風洞やシミュレーター、新しいキャンパス、すべてが建設途中で泥まみれの状態。それでも、“未来の匂い”が確かにしたという。そして帰宅後、妻に「戻りたい」と伝えると、「気でも狂ったの?」と返された。しかし、彼の意思は揺るがなかった。
「“このチームは勝つ。私はその一員になりたい”、そう思ったんだ」。彼を突き動かしたのは、過去を懐かしむ心ではなく、純粋な“野心”だった。

理想ではなく、行動でつくるチーム
デ・ラ・ロサ氏の言葉には、あらゆるF1チームを見てきた者ならではの明晰さがある。そして彼は、アストンマーティンのプロジェクト規模についても率直に語っている。
「私たちは世界チャンピオンになるための旅の途中にいる。誰もが勝ちたいと願っているが、“勝つために必要な行動を取れる”チームは多くない」
その違いは、トップの気質に表れるという。アストンマーティンのオーナー、ローレンス・ストロール氏について語る時、彼の声には迷いがない。
「ローレンスと一緒にいると、物事が必ず実行されるとわかる。ミーティングを終えた時点で、“彼なら必ずやり遂げる”と確信できるんだ」
過去3年間の投資は途方もない規模であり、それは単なる金額の問題ではなく、“意味のある投資”だという。2024年は厳しいシーズンだったが、チーム内の信念は揺るがない。
「もっと速くなっているはずだった」と、デ・ラ・ロサ氏は認める。「メカニックや工場スタッフにとってつらい状況だ。でも、良くなるという自信は変わらない。私たちは必ずトップに立つ」

ホンダとの新章へ
その未来を形づくる大きな要素が、2026年から始まるホンダとのパートナーシップだ。デ・ラ・ロサ氏にとって、日本とのつながりは深い。「1990年代半ばの3年間、日本でレースを戦った経験がF1への道を開いた」と語る。
「日本にいなければ、私はF1に辿り着けなかっただろう。ホンダを迎えることに本当にワクワクしている。日本の方々と仕事をすると、いつも素晴らしい成果が生まれるんだ」
また、アストンマーティンとホンダをつなぐ存在として、アンディ・コーウェル氏の役割も強調する。優れたマネージャーであり、一流のエンジニアでもあるという点が、「非常に貴重な組み合わせ」だと語る。
そして、中心に立つのがエイドリアン・ニューウェイ氏だ。デ・ラ・ロサ氏は、マクラーレン時代をともに過ごしている。「彼がどれほど優れているか、説明はいらない。結果がすべて物語っている。彼はマシン全体を俯瞰して考える……F1史上最高の存在だ」
ニューウェイ氏の価値は、エアロダイナミクスの枠に収まらないという。「彼の貢献はラップタイムに単純換算できるものではない。誰もが彼と働きたいと思っている。その理由の多くは、“彼から学べること”にある。若く優秀な人材を引き寄せるためにも、非常に重要なことだ」
インタビュー後まもなく、チームはニューウェイ氏が技術部門に加えチーム代表も兼任すると発表。同時に、コーウェル氏はホンダとの連携強化を担う新たな役職へ移ることになった。新体制は2026年のレギュレーション変更に向け、組織全体の効率性とマネジメント力を高める狙いがある。

アイデンティティと誇り
デ・ラ・ロサ氏にとって、アストンマーティンのアイデンティティは“誠実であること”が不可欠だ。「私たちは、自分たちが本当に何者なのかを体現したい。若く、野心に満ちたチームであるということを」
そして、“ヘリテージ(伝統)”とは、単なるイメージでもブランド戦略でもない。「アストンマーティンは110年以上の歴史を持つブランドだ。このグリーンのカラーと胸のロゴを身につけるのは、本当に特別なことだ」
それは、あの日工場を訪れた時に感じた誇りそのもの。そして、その誇りこそが彼を再びF1へと呼び戻した。
新時代が迫る中で、デ・ラ・ロサ氏の目は現実的でありながら揺るぎない自信に満ちている。
「簡単な道ではない。でも、私たちには最高のチームが揃っていると確信している」
共同取材・文:山口 京香 Kai Yamaguchi
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