F1と中東情勢、停戦がもたらす「一時的な安定」と、その先にあるリスク-ホンダへの影響は
現在、F1は非常に複雑な状況に置かれている。中東情勢の激化がもたらした影響は計り知れず、当初の予想をはるかに上回るものとなった。世界各地を転戦するというF1の特性が、今回は裏目に出た形だ。停戦を受けて状況は徐々に変化しつつあるものの、すべてが元通りに戻るわけではない。今後、F1からの撤退を選択肢に入れる関係者が現れる可能性もある。そして、その影響を大きく受けるのは、ホンダやアウディになるかもしれない。
停戦、そしてF1が置かれた状況
2026年シーズン、F1は中東情勢の激化によって2戦を失った。4月の開催予定だったバーレーンとサウジアラビアでのグランプリが相次いで中止となり、原油価格は1バレル120ドルにまで高騰。しかし4月7日、米国の仲介によって主要交戦国間で10日間の停戦が合意された。
10日間で全てが解決するわけでも完全に平和になるわけではない。だが、数ヶ月ぶりに手にした最初の糸口ではある。停戦を受け、F1関係者の間では失われたレースを取り戻そうという議論が現実味を帯び始めている。有力なシナリオはサウジアラビアGPが12月に復活し、アブダビが1週間後ろにずれ、シーズンはラスベガス・カタール・ジェッダ・アブダビの4連戦で幕を閉じる。アラムコの強力なロビー活動が後押しするこの構想は、外交的な進展が続く限り、十分に現実的と言える。
しかし、すべてが元に戻るわけではない。財政的に、商業的に、構造的に一度生まれた影響の一部は、2026年以降も影響を及ぼし続ける。そのうち3つは、正面から論じる必要がある。
まずは、原油価格。
停戦があっても、原油価格が危機前の水準に即座に戻るわけではない。サプライチェーンの正常化にも輸送ルートの再開にも時間がかかる。ここ数ヶ月、F1チームが直面してきた高コスト構造は、一夜にしてリセットされない。コストキャップはインフレを自動的に反映する仕組みになっていない。この問題をめぐるチームとFIAの協議は、消えてなくなることはない。
第二に、経済環境全体。
原油高、レース中止、地域の不安定化が長期間続けば、年後半により広範な景気減速を招く条件が整う。アナリストが最も注視しているのは秋、10月、11月の時期だ。消費者マインド、メーカーの収益、そして投資意欲は、エネルギーショックが緩和に向かい始めた後も、長引く影響を受け続ける。湾岸諸国の資金、スポンサーシップ、開催費用に大きく依存するこのF1の商業モデルは、かつてないほど厳しい状況にさらされた。
最後の、そして最も長く尾を引く問題として、電動化の問題。
2026年のパワーユニット規則はすでに、内燃機関と電気モーターのほぼ半々の出力配分を定めている。石油依存型のサプライチェーンの脆弱性を露わにし、化石燃料への集中が持つ地政学的リスクをリアルタイムで実証したこの危機は、さらに踏み込んだ電動化を、より早く進めよという主張を加速させる。マリオカートのような走りが終わる日は、まだまだ先かもしれない。むしろ、その逆だ。
これらの影響によって打撃を受けるチームは少なくない。だが中には”打撃”というだけでは済まないチームやサプライヤーも出てくるかもしれない。
ホンダの苦境・二つの前提が同時に崩れた
今回の危機で、ホンダのF1での立場はこれまで以上に厳しく問われている。アストン・マーティンとのパートナーシップは開幕3戦を終えてなお車両は未完成で、パワーユニットの問題も解決の糸口が見えない。しかし、より深刻なのは戦績ではない。

ホンダの復帰は当初から「F1活動がブランド価値を高めること」と「その投資を正当化できる安定した経済環境が続くこと」という二つの前提に支えられていた。だが現在、そのどちらも崩れつつある。2021年末の撤退理由は明確だった。電動化とカーボンニュートラルへの集中だ。2026年規則の電動比率拡大が自社の方向性と再び合致すると判断し復帰を決断したが、このロジックは社内で一枚岩ではなく、電動化を掲げて去った企業が再び内燃機関を含むカテゴリーへ戻ることへの違和感は残り続けていた。エネルギー価格の高騰は今、その前提を正面から揺さぶっている。
ホンダの野望とHRC
復帰にあたりホンダはHRC(ホンダレーシングコーポレーション)として参入した。本業とは別の独立した財源を持つレーシング部門を作り、将来的には自らチームを持つことまでを視野に入れた構想だ。ホンダはこれまで何度もF1で成功し、その度に撤退して技術と人材を失ってきた。そのサイクルを断ち切ることがHRCの本来の目的だったが、その道半ばにして今回の状況に陥った。本業が経済の波に晒され、EVへの投資縮小も続く中で、結果を出せていないF1に資金とリソースを注ぎ込み続けることは現実的に可能なのか。

今シーズンの展開は、復帰を支持した人々の立場を何ひとつ強化しなかった。戦績はブランドを高めるどころか傷つけている。そして中東危機が生み出した経済的圧力は、復帰の根拠の一部を「石油依存からの脱却」に置いていたメーカーに、特別な重みをもって圧し掛かっている。
もしホンダが経済の波や企業戦略の転換に左右されない、真に独立したレーシング部門を作り上げることができたなら——その時こそ、参入と撤退を繰り返してきた歴史に初めて終止符が打たれる日だ。ホンダが本当に欲しいのは、次の優勝よりも、次の撤退をしなくて済む仕組みかもしれない。その仕組みが完成したとき、ホンダのF1における本当の意味での「第一章」が始まる。
アウディの岐路——揺らぐ支援と未完成の土台
状況や理由は異なるものの、アウディも同様の危うさを抱えている。アウディのF1参入には、ある主要スポンサーが深く関わっている。それが「Visit Qatar」だ。カタールGPを軸とした商業モデルであり、カタール投資庁を通じたガルフからの投資の上に成り立っている。

一方で、チームのインフラは依然として建設途上にある。さらに、親会社であるフォルクスワーゲン・グループは、ヨーロッパにおいてエネルギーコストの高騰という圧力に直面している。
そもそもアウディのF1参入は、当初から物議を醸してきた点も見逃せない。社内のみならず、ドイツの産業界や政治の文脈においても、大きな議論の対象となっていた。大手ドイツメーカーが、巨額の資金をグローバルなレーシングプログラムに投じるべきかという問いは、いまだ完全な決着を見ていない。
そして今回の中東危機と、それが世界経済に与える長期的な影響は、この議論をより鋭い形で再燃させることになった
どちらのメーカーも近々撤退するとは予測していない。ただ言えるのは、メーカーがコミットメントを見直す条件が今、揃いつつある。そして1月時点よりも、その条件はより色濃く存在している、ということだ。
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